「身体能力」は僕たちの想像を遙かに超えるものです。

『近くて遠いこの身体』
『近くて遠いこの身体』(平尾剛、ミシマ社)

 

著者の平尾剛さんは、元ラガーマン。神戸コベルコスティーラーズなどに所属、日本代表としても活躍された。

ご縁があってこの数年、奥様やうちのムスメも一緒に仲良くさせていただいている。なにより、平尾さんとは「すごく気が合う」。ともにタツラー(内田樹さんの著書の愛読者)であり、甲野先生を敬愛するのだから当然といえば当然だけど、よく考えると、すごくおかしい。

だって私は、ラグビーを見たこともなければ、何人でやるかすらいまいちわかってない。そればかりかスポーツは大の苦手で、37歳で合気道をはじめるまでやってきたのはピアノに麻雀に文章書き……指先の運動くらい。

なのに、目の前の、元日本代表が発する言葉に「ああ! それ! やっぱり!!」と膝を打つこと多。なぜなんだろう。その理由が、この平尾さん初の単著『近くて遠いこの身体』を読んで、はじめてわかった。平尾さんが考えていることは、「自由にする」ことだからだ。たぶん。

 

序章 体育嫌いだったひとたちへ

 

あっ、ハーイ! 6・3・3の12年、体育がイヤでイヤで……。

いきなりこれを序章に置く。つまり平尾さんがこの本のメッセージを届けたい射程は、運動会のスターだったような自分の仲間にとどまらない。運動会のスターを眩しげに見て「私なんて才能ないし、だいたい今日び運動なんてできなくても死なないし」と、いじいじしたり諦めたりしている、遠くのひとたちにまで及ぶ。

赤ちゃんやこどもは、身体を動かすのが大好きだ。きっと、身体は身体が動くことが大好きなのだろう、だって人間は「動」物なのだから。それなのにどうして成長するに伴って「運動嫌い」のが増えるのか。

その根幹には「言葉と感覚」の問題があると、平尾さんは考える。トップ中のトップアスリートとしてスポーツの歓びを知り、それを言語で伝えることをテーマとする平尾さんは、運動嫌いの私(たち)に、こう語りかける。

 

「わかるとできるは違う」という意識を持ちながら、ただ動きたいように動けばいい。もう誰とも比べられないし、誰に怒られもしないのだから。

 

第三者の評価を恐れて、「できない」ことを恐れて、本来のはたらきである「動かす」を諦めてこられた私の身体のことを思って、涙が出ちゃった。

 

 

平尾さんは、徹底して、人間を信頼している。各人の潜在可能性を、深く深く信じている。だから、「理想のフォームなんてない、自分の感覚にこそ耳を傾けよ」と繰り返し励まし続ける。

気の良いラガーマン的に肩を強めにポンポン叩くだけでなく、大学で教鞭を執る思慮深い哲学者のように(実際にそのとおりなのですが)言葉を選び、具体的な例を挙げ、さまざまな角度から何度も伝える。

生まれつきの脊柱側湾症ながら世界最速の男になったウサイン・ボルト、全盲ながら街中をマウンテンバイクで疾走するダニエル・キッシュ。

それらを、「わー、すごいなー。もともとすごいんだなー。私にはできないなー」と、「見なかったこと」にして片付けてもいい。でも、「病気なら~できるはずない」という常識そのものを見直してみてもいいんじゃないか。

 

大切なのは「まずは身体でやってみる」ことで、それは先に述べた「感覚を深める」につながり、やがては身体を動かすことそのものを「楽しめる」ようにもなる。

身長が低くても高くても、体重が軽くても重くても、筋肉量の多寡および古傷や後遺症まで、全部ひっくるめて面倒をみる覚悟で自らの身体を引き受けよう。そう決意するだけで身体は活き活きと輝きはじめるはずだ。

 

だってその方が、オモロくないですか? そう、あの人懐っこい顔でニコニコと問いかける、いつもの平尾さん(片手に中生ジョッキ)が目に浮かぶ。

平尾さんは、信じ抜いている。だれもがその固有の身体に豊かな可能性をもっていることを。そして、知っている。そこから無限の歓びを引き出せることを。そしてそれを私たちも知っていたことを。誰もが、よだれを流しているのも気づかずに目を輝かせてハイハイする赤ちゃんだったのだから。

だから平尾さんは、そんな可能性の自発的な開花を邪魔する「常識」と、徹底的に闘う。そうやって、「運動苦手だし、ギックリ腰あるし、中年太りで」と気弱に尻込みする私(たち)を、励まし続けてくれるのだ。

ありがとう。私、なんだか、自分の身体が、すっかり好きになりました!動くこともね。なんだかいま、すっごく動きたい!!

 

もちろん、元日本代表ならではの具体的で深い身体感覚から導かれる内容はそれにとどまらず、時間論から組織論まで、本当に興味深く、「おお!」と唸るところばかり。それぞれのひとに、それぞれの響き方をするはずです。きっと、それぞれのなにかを、自由にしてくれるかたちで。

私の感想は、「運動嫌いで、けっこうぼろぼろな身体をもつおばさん」の読み方の一例です。たとえば、私がいちばんびっくりしたのは、「オールブラックス」が、ニュージーランドの代表チームだと知ったこと。クラブチームのひとつだと思ってた……。

あとね、ラグビーって、前方にパス出しちゃいけないとか、地面についたらどっちのものでもないとか、ボールもってるひとにしかタックルしちゃいけないとかも、初めて知りました。

こんな私とこの数年、実に愉快そうに素敵な話ばっかりくださる、平尾さんの懐の深さ、おわかりいただけたかと思います。
平尾さん、私がこの傷だらけの身体を丸ごと好きになれる、一生ものの大きな大きなギフトのような本を書いてくださって、ほんとうにありがとう!

よろしければみなさんも、ぜひ読んでみてくださいね~。

・amazon
http://www.amazon.co.jp/dp/4903908550/

・ワールドエンズガーデン(灘区民はこちらで。サイン本あり)
https://www.facebook.com/worldendsgarden

・ジュンク堂(三宮店にて、10/26にサイン会があります!)
刊行記念・平尾剛さんサイン会

 

だってその方が、オモロくないですか?-『近くて遠いこの身体』(平尾剛、ミシマ社)を読んで

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