昨日は、練心庵一周年記念の対談に出させていただきました。
釈徹宗先生、内田樹先生、秋田光彦先生、それに私。きゃー。
対談のテーマは「CO・COから生まれる場の力」。コミュニティー論と、コミュニケーション論。

 

一晩あけて思い出して気付いたのですが、「場を整えれば、自ずとコミュニケーションは生まれる」ように思います。

釈先生の練心庵、内田先生の凱風館、秋田先生の應典院。
どこも「受け容れる」場をていねいにつくられていて、そこでは「勝手に」コミュニケーションが沸いて出てくる。

いやほんと、練心庵も、凱風館も、快いもの。
きっと應典院も、そうなのでしょう。

そんな場だから、ついコミュニティーができてしまう。
きっとそういう順序なのだろうなー、と感じました。
 
 

ちなみに、コミュニティーもコミュニケーションも、語源のラテン語は「お互いに・贈り物をする」という意味になります。
だいたいね。

このお三方は、まず、自分がなによりいちばん最初に、いちばん大きな「贈り物」を、ポンと公共の場に差し出された。
その「場」に集まってくるみんなが、その最初の贈り物を受け取ったので、それぞれの贈り物を差し出す。
それが、コミュニティーであり、コミュニケーションなのかな。

 

リベルタ学舎として、これから再び場づくりに入る私は、大きな大きな大きな学びを得ました、ほんと!

ベイベー、世界は贈り物で満ちているんだぜ、ほんと!

みなさま、ありがとうございました!!

 

「お互いに・贈り物をする」ひとたち-練心庵一周年記念対談から一晩あけて

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