「さあ、お母さんが『ピカピカになった』と言ったのは、教室と、あと、どこでしょうね?」

先生が尋ねた。やっぱりか。あまりの気分の悪さに、気が遠のいた。間髪入れず、こどもたちが「ハアーイ!」と元気にまっすぐに手を上げはじめた。

 

小学校2年生の娘の、授業参観だった。5時間目、「道徳」。ワルオくんとワルゾウくんは、掃除の時間におしゃべりしていました。それを見ていたヨシオくんとヨシコさんがある日、「いいかげんにしてよ!」と言いました。ワルオくんは、ハッとしました。そして、自分の来し方を反省し、翌日から「沈黙清掃」(もくもくおそうじ)を始めます。

すると、なんということでしょう。これまで気づかなかった、困っているおともだちや、教室の隅のゴミにまで目がいくようになりました。帰宅後、母親に報告します。「ぼく、教室をピカピカにしたよ!」 するとお母さんは言いました。「そうなの。それはよかったわね。ワルオがピカピカにしたのは、お教室だけではなかったのね」

答えは、そう、「心」です。

授業は続きます。

「みなさんの心の中には、『がまん玉』『親切玉』『見つけ玉』があります。沈黙清掃をして、そのみっつをいつもピカピカに磨いておきましょう。そうすれば、心もピカピカになりますよ」

 

いい話だ。
いやまあ、つっこみどころはたくさんありますよ。
「『がまん』『親切』『見つけ』って、完全にカテゴリー・エラーやん」
「結婚式の『みっつの袋』を意識してるのか」
「掃除を『がまん』しなきゃいけないという前提で語っているのがいかがなものか」
「どうしても『豚玉』『イカ玉』『俺、ミックス!』と言いたくなります」

まあ、百歩譲って、よい話だとしよう。
しかし、話の内容は別として、これを教えることを決めたひと(たぶん担任の先生ではない)は、小学校2年生のこどもたちが、「心の中」に、本当にこの3つの玉があると思うと、考えているのだろうか。

 

もしそう考えているとしたら、「ちょっと待って」と思う。
身体の中には、心臓や肺や肝臓がある。解剖したら出てくる。
でも心の中に、「がまん玉」とか「親切玉」とかは、あるかどうかわからない。
少なくとも私は初めて聞いた。
それを、なんの留保もなく、まるで科学であるかのように、「心の中には、『見つけ玉』がありまーす」と教えるのは、どうだろう。
いつか盲腸になったこどもが、「先生、ぼくの『見つけ玉』が傷つくくらいなら、手術はしないで!」と訴えるかもしれないではないか。
まだ、うっかり『妖怪ウォッチ』を見たせいで、夜にトイレに行けなくなるような年頃のこどもたちなのだから。

 

いや、もうこどもたちにはじゅうぶんに分別があって、心の中にそんな玉がないこと、このお話はフィクションであることがわかるだろうと考えていたのだろうか。
だとしたら、いったいなぜ、こんな話をするのか。
話をつくったひとが、もしも自分もそれを信じ、相手にもそれを信じてほしいと切望するなら、私はなにも言わない。
神は6日で世界を作られたのだ。いいじゃないか。
それを信じているひとがいる。いいじゃないか。
ただし、ひとはそれを、「宗教」と言うのだけれど。

もしも、この話の作者が、自分ではこんな玉の存在のことなんてまったく信じていなくて、ただ、こどもたちに沈黙清掃(←なんだよこの遠藤周作的な隠れキリシタン的な凄絶な!)を強いるための方便として、こんなお話を考えたとしたら。

バカにするな、と言いたい。

 

どうして、自分の心がピカピカになるという「メリット」が見えないと、こどもたちは真面目にお掃除をしようと思わないと思ったのだろう。
おそらく、ご自身がそうなんだろうけれど。
そしてこの話を教えることに決めたひと(担任じゃなくて)もまた、「こどもたちが、大嫌いな掃除をしっかりするようになるには、まず私語をさせず、次に自分自身へのメリットがあるというロジックで攻めなければ」と思ったのだろう。

 

目的が、「掃除をさせる」ことであるならば、ストレートにそう伝えれば良い。
「みんなで使う場所だから、みんなできれいにしようね」と。

そして、物事は、楽しくなければ続かない。
ボランティア清掃なんて、みんなでワイワイ話しながらやるのが普通だ。
中学生くらいがジャージ姿で無理矢理させられている1日だけのボランティア(←矛盾だねえ)清掃が、教師の管理下、ほとんど無言で行われるのと対照的に。

お掃除は楽しいことをこそ、伝えれば良いのに。
みんなの居場所を、みんなで責任をもって整えることが、あなたたちを「こども」から「成熟した市民」へと誘うという、あなたの「成長」を願い信じるきもちををこそ、伝えれば良いのに。

 

うちのムスメに、なに教えとんねん!
って、言えなかったなあ。だって先生、すっごくいいひとなんだもん。

 

 

君の心に「我慢玉」はあるか?

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